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非対称ジアリールヘキサトリエンの簡便な合成法を開発 -エレクトロルミネッセンス材料や蛍光プローブなどに期待-

非対称ジアリールヘキサトリエンの簡便な合成法を開発
エレクトロルミネッセンス材料や蛍光プローブなどに期待

 1,6-ジアリールヘキサトリエンはエレクトロルミネッセンス材料やライフサイエンス分野における蛍光マーカーとして注目されています。これまでに報告されている合成方法では、異なるアリール基(芳香族置換基)を有する非対称1,6-ジアリールヘキサトリエンの合成が困難であり、拡張性に乏しいことが課題でした。国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、シリル基(ケイ素原子を含む置換基)を有する共役ジエンとシリル基を有するアリールアルキンの間で炭素―炭素結合の形成と水素移動による直接的カップリング反応を行うことにより、反応から廃棄物を出すことなく、2つの異なるシリル基を有するジシリルヘキサトリエンを合成しました。さらに2つの異なるシリル基を目印に芳香族ヨウ化物との選択的なクロスカップリングとプロト脱シリル化を同時進行させることで、非対称1,6-ジアリールヘキサトリエンの合成に成功しました。これにより、新しい蛍光発光材料やライフサイエンス分野における蛍光マーカーの開発の加速が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会The Journal of Organic Chemistry誌(4月23日付電子版)に掲載されました。
論文タイトル:Cross-Dimerization Giving Silyl-Substituted Conjugated Hexatrienes: An Approach to 1,6-Diarylhexa-1,3,5-trienes
URL:https://doi.org/10.1021/acs.joc.5c00218
DOI:10.1021/acs.joc.5c00218

現状
 1,6-ジアリールヘキサトリエンは、2つの芳香族置換基が二重結合と単結合が交互に繰り返されるヘキサトリエンの両端に連結された共役分子 (注1) であり、分子全体にπ電子 (注2) が広がっているため光を吸収し、高い効率で蛍光発光することが知られています。このためエレクトロルミネッセンス材料や医薬品開発ならびにバイオ診断における蛍光プローブなどとしての活用が期待されています。これまでの1,6-ジアリールヘキサトリエンの合成方法は、亜リン酸エステルとアルデヒドの反応をもとにしたHorner-Wadsworth-Emmons反応(式1)1、アルデヒドとリンイリドの反応によるWittig反応(式2)2、1,2-ジオールと四ヨウ化二リンを用いたKuhn-Winterstein反応(式3)3、脱カルボニル的溝呂木-Heck反応(式4)4、脱カルボキシル的カップリング反応(式5)5、脱酸素カップリング(式6)6ならびに溝呂木―Heck反応とヨードボロネーションと鈴木―宮浦カップリングの組み合わせによる多段階反応による方法(式7)7などが知られていましたが、非対称なジアリールヘキサトリエンを合成することは困難でした。

 

研究体制
 本研究は、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学府応用化学専攻 坂元風舞(修了生)、荒田恵里(修了生)、齋藤 諒(修了生)、清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに平野雅文教授により行われました。本研究はJSPS科研費JP24K01479などの助成を受けたものです。なお、単結晶X線構造解析では本学機器分析施設 野口恵一教授の協力を、光化学的特性にはMarine Louis准教授の助言を得ました。

研究成果
 これまでに当研究チームでは、0価ルテニウム錯体を触媒として内部アルキンとジエンの反応により立体および位置選択的に共役トリエンが生成する新規な触媒反応を報告しています8。しかし、この反応では末端アルキンを用いると環化三量化を含む複雑な混合物となるため、内部アルキンに限定される反応でした。本研究では芳香族置換基を有するシリルアルキンとシリルブタジエンを0価ルテニウム錯体を触媒として反応させたところ、位置選択的に鎖状交差二量化反応が進行し、ジシリルヘキサトリエンを得ました。このジシリルヘキサトリエンの合成では、各種シリル基の検討により、アルキン上のシリル基はトリエチルシリル基(TES基) (注3) 、ブタジエン上のシリル基はベンジルジメチルシリル基(BDMS基)である場合に効率よく反応が進行し、単離も可能であることがわかりました。また、このジシリルヘキサトリエンの合成では、アルキン由来のTES基は内部に、芳香族置換基は末端に、シリルブタジエン由来のシリル基は末端となる位置選択性で反応しました。しかし、このジシリルヘキサトリエンにおいて末端アリール基はシス体とトランス体の混合物となりました。
 次にこのジシリルヘキサトリエンをフッ化物イオンの存在下で0価パラジウム錯体を触媒として芳香族ヨウ化物とのクロスカップリング反応 (注4) を室温以下で行ったところ、BDMS基と芳香族ヨウ化物が選択的に反応して芳香族置換基が導入され、その後TES基がフッ化物イオン源 (注5) に含まれる微量の水により、選択的にプロトン(水素イオン)に置換されるプロト脱シリル化が進行することがわかり、さらにこの反応間にヘキサトリエンの二重結合は新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】トランス体に異性化することがわかりました。この反応により、位置および立体選択的に非対称ジアリールヘキサトリエンが得られました(スキーム1)。

スキーム1. 今回開発した1,6-ジアリールヘキサトリエン合成法

 

この方法によりフルオレニル基を導入したジアリールヘキサトリエン(化合物1)も合成可能で(図1)、強い蛍光発光を示すことが確認され(図2および3)、高圧水銀灯の主要輝線波長である358 nmの紫外線をエタノール中で照射した場合、室温での蛍光量子収率 (注6) は0.61と高い値を示しました。

 

図1. 新規1,6-ジアリールヘキサトリエンの1つである化合物1

 

  

図2.化合物1の蛍光発光(テトラヒドロフラン溶液中)

 

  

図3. 化合物1の吸収スペクトル(紫)および蛍光発光スペクトル(青)
(ともにテトラヒドロフラン溶液中)

 なお、論文中では鎖状交差二量化反応によるジシリルヘキサトリエンの合成実施例、ならびに非対称ジアリールヘキサトリエンの合成実施例を多数示すとともに、鎖状交差二量化反応の反応機構、適用限界、ならびにTD-DFT計算 (注7) による励起状態における電子遷移特性や電子配置についても触れられています。

  

図4. TD-DFT計算による化合物1の最高被占軌道(HOMO(85))(注8)と最低空軌道(LUMO(86)) (注9)の軌道図. 化合物1では主要な光吸収はHOMO(85)からLUMO(86)への電子遷移であり、π軌道からπ*軌道への電子遷移であることが分かる。

 

今後の展開
 今回確立した非対称1,6-ジアリールヘキサトリエン構築法による生成物は、高い蛍光量子収率を示し、紫外線の照射により極めて明るい蛍光を発します。また、非対称な芳香族置換基が導入できるため、リガンド修飾による導入などが可能です。このため蛍光発光物質やライフサイエンス分野における蛍光イメージングや蛍光マーカーをはじめ、エレクトロルミネッセンス材料などの合成法として有効であることを実証していきます。

参考文献
1) Wadsworth, W. S., Jr. Org. React.; Wiley: Hoboken, 1977; 25, pp 73–253. 
2) Alain, V.; Rédoglia, S.; Blanchard-Desce, M.; Lebus, S.; Lukaszuk, K.; Wortmann, R.; Gubler, U.; Bosshard, C.; Günter, P. Chem Phys, 1999, 245, 51–71.
3) (a) Kuhn, R.; Winterstein, A. Helvetica Chim. Acta. 1928, 11, 87–116. (b) Block, E. Org. React.; Wiley: Hoboken, 1984; 30, pp 457–566.
4) Kasahara, A.; Izumi, T.; Kudou, N. Synthesis. 1998, 9, 704–705.
5) Mesganaw, T.; Im, G.-Y. J.; Garg, N. K. J. Org. Chem. 2013, 78, 3391–3393.
6) Banerjee, S.; Kobayashi, T.; Takai, K.; Asako, S.; Ilies, L. Org. Lett. 2022, 24, 7242–7246.
7) Lightfoot, A. P.; Twiddle, S. J. R.; Whiting, A. Org. Biomol. Chem. 2005, 3, 3167–3172.
8) (a) Kiyota, S.; In, S.; Saito, R.; Komine, N.; Hirano, M. Organometallics 2016, 35, 4033–4043. (b) Kiyota, S.; Hirano, M. Organometallics 2018, 37, 227–234. (c) Hirano, M. ACS Catal. 2019, 9, 1408–1430.


用語説明

(注1)共役分子
π電子と呼ばれる電子が自由に行き来できる構造を共役構造と呼び、その分子を共役分子という。一般的に分子中のより多くの原子にまたがって共役構造がある場合にはより広い範囲で電子移動が可能となり、蛍光発光などの光物性の発現が期待される。

(注2)π電子
二重結合や三重結合を形成する電子のこと。

(注3)TES基
トリエチルシリル基(Triethylsilyl Group)をTES基と呼ぶ。この反応でより一般的なトリメチルシリル基(TMS基)でも進行するが、生成物を精製する際に一部分解が見られた。また、tert-ブチルジメチル基(TBS基)やトリイソプロピルシリル基(TIPS基)でも反応が進行するが、収率の低下がみられた。

(注4)クロスカップリング反応
有機ハロゲン化物などの脱離基を有する有機化合物と求核剤との反応により交差反応(異なる化合物が反応する)する反応をクロスカップリング反応と呼ぶ。この反応では2010年に鈴木章、根岸英一らがノーベル化学賞を受賞している。今回の反応ではシリル化合物を求核剤としたクロスカップリング反応であり、発見者にちなんで檜山カップリングとよばれる。

(注5)フッ化物イオン源
今回はフッ化物イオン源としてフッ化テトラブチルアンモニウムを用いた。

(注6)蛍光量子収率
光は素粒子としての性質と波としての性質を併せ持つが、光を素粒子と見た場合、蛍光物質が吸収した光子数と発光のために放出した光子数の比であり、この数値が高いほど高い蛍光強度を示し、発光強度の高い蛍光プローブとなる。吸収した光子数が新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】発光のために放出された場合には1となる。例えば光合成生物に含まれる代表的なクロロフィルであるクロロフィルaは強い蛍光発光をすることで知られており、その量子収率はエーテル中で0.32とされている。

(注7)TD-DFT計算
時間依存密度汎関数法とよばれる量子化学計算法の1つで、電子密度の時間的発展を追跡することで分子の励起状態を解析する際によく用いられる方法。

(注8)最高被占軌道
分子内の電子が占めている軌道のうちでもっとも高いエネルギーをもつ軌道。ここでは新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】の軌道のうち、エネルギーがもっとも低い軌道から85番目の軌道である。

(注9)最低空軌道
分子内の電子が入っていない軌道のうちでもっとも低いエネルギーをもつ軌道。ここでは新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】の軌道のうち、エネルギーがもっとも低い軌道から86番目の軌道である。

◆研究に関する問い合わせ◆
 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院
  応用化学部門 教授
  平野 雅文(ひらの まさふみ)
   TEL/FAX:042-388-7044
   E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.wxanhx.com



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